http://kageki.hankyu.co.jp/news/detail/a404247c59fd196b97f3729987c1e9c4.html

2012/01/03
宙組 東京特別公演『ロバート・キャパ 魂の記録』ミニトークショー実施について

宙組 東京特別公演(日本青年館)『ロバート・キャパ 魂の記録』(2012年2月15日~20日)の下記日程において、終演後にミニトークショーを実施します。

2月16日(木)14時公演

上記公演をご観劇されたお客様を対象に、本公演に引き続き、舞台上で行ないます。
トークショーは約15分間。お楽しみ抽選も予定しておりますので、どうぞお見逃しなく。

出演メンバー:美風舞良(司会役)、風莉じん、凰稀かなめ、春風弥里、蓮水ゆうや、伶美うらら

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出たっ、平日ど真ん中の昼公演!(笑)
……なああんて言わずに、この機会を楽しみたいと思います。いや楽しむのも大変な日程だけど…←

最後のみーちー並びなアフタートーク、嬉しいもの。

主演かなめちゃん、ヒロインゆうりちゃん、ダブル二番手?みーちゃんちーちゃん、重要な役どころでちやちゃんに司会のあおいちゃん……と言いたいところだけれど、単純に香盤順に上から5人(とヒロイン)でもあるんですよね(笑)。
いやなんでもいいよ、見たいからっ。

って、ちやちゃんのミニトークの類、実ははじめてじゃないかなあ。それも楽しみだったりします。
このメンバーだとトーク展開の予想が付かない(笑)。ゆうりちゃんは新公トークの限りではかなりの天然さんとお見受けしましたが。
みーちゃん、ちーちゃんのミニトークはトラファンキー以来、あおいちゃんはそのときも司会役でしたね。
あのときは大ちゃんが持ってっちゃって(笑)。あ、パラプリダンシン幕間トークではアリスみー大並びだったけど、あのときも大ちゃんが(以下同文!笑)
かなめちゃんは宙トークには初登場となるわけで、ああやっぱり予想が付かないわくわく感に満ちてしまうー。 

よしっ。青年館へ!ゴーっゴーーっ!!カぁァモォォ~~ンっ!!!(その公演終わった←)
http://kageki.hankyu.co.jp/revue/262/cast.html

宙組 宝塚バウホール公演『ロバート・キャパ 魂の記録』主な配役 決定(2011/12/28)

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12月28日、集合日。
『ロバート・キャパ 魂の記録』の主な配役が発表されました。

で、『強いぞ!』久びさの試み。配役を調べてみた。トラファルガー以来(というか2回目!笑)の快挙!と威張るほどのことではない。

だって、基本的に原田くんの書く(書ける)ものって「伝記」だから。調べたらすぐ分かるんじゃないかと思って(笑)。
いやまじで殆どすぐ分かったわ←

ヒロインはゲルダ・ポホライル(ゲルダ・タロー)@ゆうりちゃん、で決定ですよね。

あくまでもわたしが簡単にググった結果だけを元にしてます。前回の仮面ロマは元ネタがあるから注釈も合ってる(筈だ)けど、今から書くのは分かんないよ(笑)。

ヴァンサン・モンフォール@りくちゃんが、分かりそうで分からなかった……情報あるかた、タレコミお待ちしてます(笑)。
ファーストネームだけの役はどうにでも解釈できそうだけど、ルカ@あいりちゃんは、母@ゆみちゃんも出てくるし、なにかあるんじゃないかと思うのですが調べきれず。
エンマ@かのちゃんは、少年期のキャパと同じアパートメントに住んでいて、彼へ写真への道を開いたエンマ(エーヴァ)ではないかと勝手に決めました←

大嘘だったらごめんなさい!



【宝塚バウホール】
宙組
『ロバート・キャパ 魂の記録』
公演期間:2012年1月27日(金)~2月7日(火)

主な配役   出演者

アンドレ・フリードマン(ロバート・キャパ)(ハンガリー生まれのアメリカの写真家。20世紀最高の報道写真家と称される)  凰稀 かなめ
*~*~*
シモン・グットマン(キャパが所属した写真エージェンシー「デフォト」の設立者)  汝鳥 伶
ユリア・フリードマン(キャパの母)  光 あけみ
ジャンヌ  美風 舞良
パブロ・ピカソ(画家。キャパが一家を取材)  風莉 じん
チーキ・ヴェイス(ドイツ人の活動家。キャパがパリへ脱出したときの協力者)  春風 弥里
アンリ・カルティエ=ブレッソン(フランスの写真家。キャパと共に国際写真家集団「マグナム・フォト」を結成)  蓮水 ゆうや
マリー=テレーズ・ワルテル(ピカソの愛人)  愛花 ちさき
セシル・ビートン(イギリスのファッション写真家)  鳳樹 いち
フェデリコ・ボレル・ガルシア(スペイン共和国の兵士。キャパの写真「崩れ落ちる兵士」の被写体)  鳳樹 いち
フランス軍副官  天風 いぶき
カフェの女給  綾瀬 あきな
質屋の女房  百千 糸
フーク・ブロック(キャパが臨時で働いた「フーク・ブロック通信社」経営者)  松風 輝
デヴィッド・シーモア(シム)(アメリカの写真家。キャパと共に国際写真家集団「マグナム・フォト」を結成)  星吹 彩翔
ヴァンサン・モンフォール  蒼羽 りく
オルガ・コクローヴァ(ピカソの妻)  愛白 もあ
質屋の主人  風馬 翔
ピーター・アダムス(イギリスの写真家)  風馬 翔
ルカ  花咲 あいり
ルカの母  桜音 れい
ベルリンの警官  星月 梨旺
コーネル・フリードマン(キャパの弟。ハンガリー生まれのアメリカの写真家。「マグナム・フォト」メンバー)  桜木 みなと
パリの女  涼華 まや
フランス軍兵士  実羚 淳
カフェのギャルソン  朝央 れん
ゲルダ・ポホライル(ゲルダ・タロー)(ユダヤ系ドイツ人の女性写真家。キャパと恋に落ちる)  伶美 うらら
パリの女  瀬戸花 まり
エンマ(キャパの少年期の憧れの女性。彼を写真への道に目覚めさせる)  花乃 まりあ
パリの女  里咲 しぐれ


☆☆☆

キャパの生涯が、キャパの生涯だけが、そのまんま書かれていて。
その時々に出会った人たちが、部分部分にちょっとずつ使われていて。

またそんな「伝記」になるんじゃないかと、ちょっと不安だったり……するのです。

パッション!を!ください!パッションを我らに!
Je Chanteを死ぬほど観て「生徒の力」に心打たれた、わたしから原田くんへのお願い←
http://kageki.hankyu.co.jp/revue/262/poster.jpg.html

原田せんせって白黒萌えなんか……?

前二作……カチャアリスいちゃいちゃのJe Chante、すわ仏像!と話題になったニジンスキーと比較すると、(ポスター構図としての)インパクトには欠ける気がします。
凰稀さんの美しさのみで勝負してる感じかな。凰稀さんはさすがの美しさ!


原田くんて元々主役と、せいぜいヒロイン、二番手(目)までしか描けない人ですけど。
あれっ。これ……主役しか描いてなかったりして。

キャパオンリーの芝居だったり、しませんか。
……そんな思いに囚われてみたりする。
8月19日。『ヴァレンチノ』が青年館で千秋楽を迎えました。

3月8日にDCで初日が開けたこの公演は、あの3月11日があって、3月20日のDC千秋楽で一度、打ち切られました。
あれからいろいろなことがあって、8月13日にやっと東京公演の幕を上げることができました。

その間に本公演が1回。スケジュールとしては厳しいものになりましたが、中止になってからのさまざまな葛藤、そして東京公演決定の喜び、実際に公演してみての反応の大きさ……この公演を通して多くのものを『ヴァレンチノ』組の皆が得たと、それを信じています。
もちろん、同じ時期に東京で公演していて直接の災は逃れたものの、ムラに帰って厳しい状況の中で公演を続けた宙バウ組も、直接その時期や直後に公演を続けた各東宝組の大変さ、また大劇場組にせよ、皆それぞれの思いを抱えての公演だったはずで、誰がいちばん大変だったとか、そういう問題ではないです。
皆、各々の状況の中で、自分にできることを懸命にやったのだと思います。
その中で、震災で一度は中止になった公演を、宙組が終えることができた。それだけではあるのですが。
この5ヶ月は、皆の中でほんとうに大きかったんだなあと。特に『ヴァレンチノ』組を追いかけていたわたしには、彼女たちのそんな「思い」が分かるような……そんな気持ちがしました。あくまでも思い込みかもしれませんが(笑)。

いちばん感じたのは、トップスター、主演という人が、どれだけのものを抱えて公演しているのか、ということでした。
青年館の初日で再び会えたルディー@ゆうひちゃんは、ほんとうにしあわせそうで。いや芝居上の役としてはしあわせだけの人生じゃないけど(笑)、もう一度この役を、そしてこの公演をできる喜びに溢れていて。
真ん中に立つ、って、ほんとうに並大抵のことではないんですよね、当たり前だけど。当たり前すぎて普段意識しなくなってしまうそのことを、あらためて思い知らされました。
震災も、その後の公演続行も、東京公演の中止も、大空さんにとってどれだけ苦しいものだったんだろう。
それは組子一人一人にも言えることだと思います。でも、大空さんや寿組長の心痛は、彼女たちに付いていく組子のそれとは、やはり段違いだったんじゃないかなあ。
生き生きと舞台の上を動き回るルディーを見ているだけで、涙が出てくるような。てゆか実際、大泣きした(笑)。
こんな気持ちになったのは、はじめてかもしれません。

自分自身も、ちっぽけな自分の中で、当時のDCに遠征を繰り返すことも、東京公演が中止になったことも、それなりに葛藤があった。たったわたし一人、自分だけの問題でしかないけど、苦しかった。
組の、公演の、上に立つ人たちの葛藤とは比べられるはずもない、わたし一人でさえ。
無事に東京公演が終えられたことと、まだまだ残る震災の爪あととは、全くの別問題ですが。
大空さん、寿組長、ほんとうにお疲れさまでした。もちろん他のメンバーもお疲れさまでした。

『ヴァレンチノ』は名作!の声が世間的に非常に高く、それ以外の意見を言いにくい雰囲気があったのは事実ではないかと思います。わたしは実は、名作、とまでは……思っていません。佳作、ではあると思うのだけれど。
ただ、DC公演の状況、精神状態、それを超えての東京公演……いろいろな要素が絡んで、わたしの中で「忘れられない大切な作品」となったことは間違いないです。

DC初日の感想は書いていません。直後の3月11日で、書きかけたものは封印されました。
あのときいちばん嬉しかったのが、ジョージ@みーちゃんが、初日からはっきりと役の形を見せてくれたこと。
みーちゃんは器用そうに見えて意外と不器用で、初日は手探りのまま舞台に立ち、何が演りたいのよく分からない……ということが、ままあります(笑)。舞台を重ねた上で、役を掴んでいく人というか。
それが「ジョージ・ウルマン」という人物像を、DC初日から明確に打ち出してきた。
みさとさん、事件です(笑)。
初日のみーちゃんにあれだけ感銘を受けたのは、わたしが彼女を見てきた中では、はじめてだったかもしれません。
これは初日すぐに書いておけばよかったと、後からどれだけ後悔したか分からない。それどころではなくなってしまったもの。

青年館のジョージも、終始嬉しそうでした(笑)。役の形は最初から完成型に近い、と思わせてくれていたけど、それをさらに深めた芝居を見ることができた。すごいねえ、役者て生きものは。

大楽は、ヴァレンチノヘアーでジュディーに駆け寄るところで、調子に乗って(笑)くるんと一回転アドリブ。
ボクシング記者会見のところでは装置トラブルがあって、リングに向かうときに開く額が途中で止まっちゃうというね。しかも、この装置なにを思ったのか(笑)ジョージのほうに戻ってきやがった←
激突を間一髪で免れたみーちゃんですが、焦ってそのあとの台詞を噛んでしまう……のがとってもジョージで、これむしろ「らしくて」よかったかも?(真顔)

DCから青年館の間で、いちばん変わったのはナターシャ@カイちゃんだと思っています。
今だから言いますが、DCでは「…ちょっと違うのでは」と感じた部分も、なくはなかったのです。
それが青年館では、がらっと変わっていた。化けた。
ナターシャの苦しさ、彼女の哀しみが痛いほど伝わってきて、ソロでは毎回泣かされていました。
このことは、今度こそ(嘘つきにならずに!)書いておきたい。
って、宙組初日まで1ヶ月を切ってしまって、あれれ~って感じではありますが。いやあ早過ぎるし←

とにかく『ヴァレンチノ』が東京公演の運びとなり、それを無事に終えられたこと、その「奇跡」に感謝しています。


ヴァレンチノ、チャオ!ありがとう、心から。
……夢。

この船に乗ってから、ずっと。


このまま着かなければいいのに。


ずっと航海するの。



でも、まだ時間はあるよ。



写真なんかなくても憶えられるように。

どうしたらもっと憶えられるかなと思って、写真なんかなくても。



もっと顔を見せて。

手も、いくら憶えても憶え足りない。


最後の夜ね……。



と、一人愛短ごっこをするぐらいには煮えてますそんな自分が怖いですかなり怖いですジュンタですこんばんは。



なつがおわってしまう。

わたしの夏が、終わってしまう。


いや、7月から……すっごい暑くて熱くて長い夏だった気もするけど(笑)。



……終わってしまうのは、淋しいな。

いつだって。終わりは淋しい。




明日は写真なんかなくても映像なんかなくても憶えられるように(笑)、わたしの心を全開にして、そらぐみを、ヴァレンチノを、見届けてきたいと思っています。

この作品が今、この地で公演されている。

その奇跡に、深く感謝しながら。


思い起こせば、DCの初日から5ヶ月。
いろんなことがありました。いろんな、いろんなことが。


今の時間は、奇跡。
しあわせなしあわせな、奇跡。


♪奇跡♪奇跡♪奇跡♪奇跡
♪きーせきーーーーーー!(ひらひらひらひら~~~)(笑)


そらぐみだいすき。
http://kageki.hankyu.co.jp/news/detail/f501d35e203ff2b4ca6e4fc4b4704db6.html

2011/06/13
宙組 東京特別公演『ヴァレンチノ』(日本青年館)公演実施のお知らせ

日本大震災により、会場である日本青年館大ホールの舞台及び客席の復旧工事が必要となったため、全公演を中止させていただきました宙組 東京特別公演『ヴァレンチノ』を、2011年8月13日~8月19日に、日本青年館大ホールで実施することになりましたのでお知らせいたします。尚、公演の詳細は下記の通りです。

宙組公演
主演・・・(宙組)大空祐飛、野々すみ花
       ※出演者は2011年3月8日~20日に実施したシアター・ドラマシティ公演と同様です。

日本青年館:2011年8月13日(土)~8月19日(金)
座席料金:S席7,500円、A席5,000円(税込)
ミュージカル『ヴァレンチノ』
作・演出/小池修一郎


http://kageki.hankyu.co.jp/news/detail/341959360e010340d02af8947a183b14.html

2011/06/13
宙組 退団者のお知らせ

下記の生徒の退団日の変更がありましたのでお知らせいたします。

 (宙組)   
  妃宮 さくら
     
     2011年8月19日(宙組 東京特別公演千秋楽)付で退団

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『ヴァレンチノ』の東京公演実施が発表されました。
あくまでも「再演」ではなく、延期となっていた「公演実施」。
東京で観られなかったかたがたくさんいる中で、喜ばしい発表ではありますが、1回終わったものとして自分の中で処理していた公演が実施されることに対する戸惑いは、正直感じたりもします。
まさかのたまみちゃん退団日変更とかね。こんなんはじめて見た……。
なによりも東宝公演後の短い休みの中で、また作品を創らなければならない生徒さんたちは大変だなあ、と。

いやわたしは宙組に付いていくだけですが。

『ヴァレンチノ』の世界のひとたちにまた会えることは、純粋に嬉しいです。

ふたたび。
ボンジョルノ!
カサブランカのカフェ、Rick’s Cafe Americainのカウンターでバーテンをしている、サッシャ@みーちゃん。
彼は陽気で女ズキなロシア人だ。カサブランカに流れ着き、1年前にこのCafe Americainで働きはじめた。

だが、彼にはもうひとつ、裏の顔がある。
ヨーロッパ中にナチスが世界に勢力を伸ばしている今、1941年。
そのファシズムに屈せず抵抗運動を続ける地下組織が、ここカサブランカにもあった。
サッシャもその一員である。昼間の明るい顔とは別人となり、反ナチスの活動家としてその身を投げ打って闘っている。

そこへ、ある情報が飛び込んできた。
反ナチス運動の世界的指導者、ヴィクター・ラズロ@蘭とむちゃんが、このカサブランカの地に降り立ったというのだ。
どうしてもカサブランカの地下組織集会に、ラズロにも参加してもらいたい。そこで我々を勇気づけて欲しい。
そう考えたのは、サッシャと同じカサブランカの若き活動家、バーガー@大ちゃん。彼は熱狂的なラズロ信者でもある。
バーガーの熱心な言葉に動かされたラズロは、その集会に参加し演説をすることになった。

バーガーからそれを聞いて、サッシャも内心舞い上がった。
サッシャにとっても、もちろんラズロは憧れの人だ。だが、彼はカウンターでの陽気な顔とは打って変わって、地下組織では冷静で落ち着いた、仕事ができる男の顔でいるのだ。
すぐに興奮しちゃうバーガーとは、そこが少し違うわけで。


ラズロを見たら、どんな顔をしたらいいんだろう。
はじめての出会い……俺はどんな男だと思われるのだろう、果たしてラズロに相手にされるのだろうか。
でも、俺はいつだってラズロに憧れていた。。
実はバーガーに負けないぐらい、ラズロに憧れていた。
だが、興奮してはいけない。沈着冷静である裏の顔の俺は、もっと自然に振舞わなくてはならない。
だいいち、絶対興奮しちゃうに決まってるんだ、俺の横にいつもいるバーガーは。俺までそうなっては駄目だ。


だから、さりげなく。

「やあ!」


はじめまして、会いたかった!と抱きつくわけでもなく、もちろん、どういうつもりでカサブランカに来たんだと警戒するようなことを言ってみたりするわけなどなく。
そう、初めてなんかじゃない。まるで積年の友のように。
一言、「やあ!」と。


って、さりげなく「やあ!」を言うために、初対面の前にサッシャはずっと「やあ!」の練習を繰り返していた、、、らしい?
サッシャの中の人は……あれ?いやそんなこと言ってないけど??

ひたすら、さりげなく。
鏡の前で(か知らんけど)。
「やあ!」「やあ!」「やあ!」と軽く右手をあげて。

「やあ!(さりげない笑顔)」


一心不乱に「やあ!」の自主練。(ジジュ…レン?!)(ジシュレンシューのことだよ!)

ええ、ポイントは、あくまでも「さりげなく」。
でも、その声色とは裏腹に、抑えきれなくてデレっデレな顔になっちゃってるんだけどね、実際にラズロを前にしたら(笑)。
ほんとうは嬉しくて嬉しくてたまらなかったんだねええ。


そんなサッシャが、とてつもなくかわいかったです(煮)。



で、みーちゃん。

このサッシャの「やあ!」と、ジョージの「やあ!」の言い方が、わたしにはどうも同じに聞こえるような気がしてならなかったのですが(素)。

いや。上記ぐらいの計算あっての、敢えての手法と……思ってるから(真顔)。
結局、同じ言い方しかできないんじゃね?なんてジュンタさん絶対思ってないもん!うん、ななっないもんっっ!



ってね、いいの。
だって仮に「やあ!」の言い方が同じだったとしても(あくまでも仮に、ということで!)、その言葉を出す内面は、まるで違うんだから。
サッシャはサッシャ。ジョージはジョージ。
まるで違う、でもどっちも飛び切りのいい男。


だから全然いいの。だけどちょっと盛っちゃったの。それだけ、のお話(え)。
ニューヨークにいるジョージ・ウルマン@みーちゃんの元に、ある日1本の電話が掛かってくる。

「ん、『俺だよ』?!はあ?一体、誰?
失敬な奴だな、俺に『俺だよ』なんて言えるのはだなっ、ルドルフ・ヴァレンチノぐらいのもの、、、……。………ルディーか?」

ルディー@ゆうひちゃん。映画界の大スター、ルドルフ・ヴァレンチノ。
4年振りに聞く、懐かしい声。
ルディーは、かつてジョージがハリウッドでメトロ映画の宣伝課長だった頃の仕事仲間であり、親友だった。
だが、ヴァレンチノがパラマウント映画に移籍を決めたことで、担当のジョージはメトロ映画をクビになってしまった。

親友だと思っていた男に、ジョージは裏切られた……のだろうか。

いや、ジョージのほうは最初から「裏切られた」とは、微塵も考えもしなかったのだと思う。
「いいんだ、いいんだよ、あのときはそうするしかなかったんだ……」
再会したルディーに向かってジョージが言う言葉だが、ジョージはそれを口先だけで言っているわけでも、4年経った今だから言っているわけでもなく。

「あのとき」も。ジョージは同じことを思っていたはずだ。今はそうするしかない、と。
ルディーを誰よりも理解していたから。
その苦悩も葛藤も、誰よりも理解していたから。

ルディーの活躍が、彼の喜びだった。
そんなルディーを支えることが、また彼の喜びだった。
その役目を奪われた悲しみはあっても、それが今のルディーが選ばざるをえない道だということを、彼は誰よりも理解していた。
だから、それを尊重した。「あのとき」も。
たとえ自分がクビになっても、ルディーの行く道の幸せを祈って、静かにハリウッドを離れたのだ。それだけに過ぎない。

ジョージは、とにかく第一にルディーのことを、人のことを思いやれる男なのだと思う。
自分のことよりも、まず相手のことを。断固として、相手のことを。
相手の気持ちを思いやることが、自分自身の喜びでもあるのだ。
だから、その優しさは揺るがない。断じて揺るがない。
単なる人が好いだけのヤワな優しさなどでは決してない。ジョージの優しさの奥底にあるのは、それぐらい強靭な確固たるものなのだ。

強くて、かっこいい。

ただの天然じゃないのよ(笑)。

そして、ジョージには自負があった。
いちばんルディーのことを理解しているのは、やはり自分だ、と。
この再会は、偶然ではなく必然である。
だから再会のとき、彼はあんなにもすんなりとルディーを受け入れたのだ。

ルディーと離れていた4年間も、ジョージはずっとルディーのことを気に掛け続けていたのだろう。
ハリウッドの話を……ルディーをプロデュースしていた妻ナターシャ@カイちゃんとの離婚も、どうやらルディーの仕事が行き詰っているらしいことも、ニューヨークでじりじりしながら聞いていたはずだ。

ジョージ自身が、もっとも待ち望んでいたかもしれない、ルディーからの電話。

ルディーには必ず再び自分が必要になる日が来ると、いつも心のどこかでそれを信じていたジョージにとって、その電話は何よりも嬉しいものだったに違いない。

ニューヨークで4年振りに、ジョージはルディーと再会を果たすことになった。
待ち合わせの場所は、クラブ21。


ここのテーブルでルディーを待つジョージの顔が。
優しい。限りなく優しい。

胸に溢れる再会の喜び、その感に堪えない表情でルディーを待つ、ジョージの甘い優しさが好きだった。情愛に満ちて輝く瞳が好きだった。


あいつを見たら、どんな顔をしたらいいんだろう。
4年振りの再会……俺を裏切ったと思って、あいつは気にやんでいるのではないだろうか。
でも、俺はいつだってお前のことを大切に思っていた。
4年前と変わらず大切に思っていた。

だから、さりげなく。

「やあ!」


久しぶり、会いたかった!と抱きつくわけでもなく、もちろん、あのときは随分なことをと恨みごとを言ってみたりするわけなどなく。
そう、4年振りなんかじゃない。昨日も一昨日も会っていた友のように。
一言、「やあ!」と。


って、ジョージの中の人いわく、さりげなく「やあ!」を言うために、再会の前にジョージはずっと「やあ!」の練習を繰り返していたらしい。
ジョージの中の人の……これも半分ネタなのかな?(笑)

ひたすら、さりげなく。
鏡の前で(か知らんけど)。
「やあ!」「やあ!」「やあ!」と軽く右手をあげて。

「やあ!(さりげない笑顔)」


一心不乱に「やあ!」の自主練。(ジジュ…レン?!)(ジシュレンシューのことだよ!)

ええ、ポイントは、あくまでも「さりげなく」。
でも、その声色とは裏腹に、抑えきれなくてデレっデレな顔になっちゃってるんだけどね、実際にルディーを前にしたら(笑)。

ほんとうに嬉しくて嬉しくてたまらなかったんだねええ。


そんなジョージが、とてつもなくかわいいです(煮)。


ジョージにはもう一人、4年間ずっと大切に思っている人がいた。
その昔は片思いの相手で(笑)、だが、一緒に“ルドルフ・ヴァレンチノ”を創りあげた大切な仲間たち……ルディーその人と、自分と、そして自分と同じぐらい、いや自分以上にルディーを理解していると彼が認める唯一の人……脚本家のジューン・マシス@すみ花ちゃん。

この三人の絆を信じ、誰よりも大切に思っていたのは、実はジョージ自身だったのかも……しれないね。
ニューヨークで舞台俳優たちのエージェントをしている、ジョージ・ウルマン@みーちゃん。
そう、彼はメトロ映画の宣伝課長だった。そこでは、いまやハリウッドの大スターとなったルドルフ・ヴァレンチノ@ゆうひちゃんの宣伝を、そのデビュー当時から担当していた。
だが、ヴァレンチノはスターとなったとたん、それまでの環境を捨てた。
新進デザイナー、ナターシャ・ラムボア@カイちゃんに惹かれていったヴァレンチノは、彼女に自分のプロデュースを任せるようになり、メトロ映画を飛び出してパラマウント映画への移籍を決めたのだった。
ジョージはあっさりと、失業した。

しかし、彼は挫けずニューヨークに渡った。そこで苦労を重ねながらも、舞台俳優たちのエージェントの仕事を見つけたのである。
生涯の伴侶、アリス@ありさちゃんを射止め(射止められ?笑)、かわいい子どもにも恵まれ、今は幸せな生活を送っている。

彼が今、いちばん興味がある国は、日本、だそうだ。
舞台俳優たちに関わる仕事をしているうちに、日本の舞台……宝塚少女歌劇、というものを観てみたい、と熱望するようになった。

ジョージの野望。
日本という国に行って、宝塚少女歌劇を観る!

というのが、ジョージの中の人の、ジョージとしての野望……というより、ネタですね(笑)。

ヴァレンチノが『黙示録の四騎士』で世の女性たちの憧れの的となったのが1921年。
恋に堕ちたナターシャと結婚したのが1922年。
一方、小さな湯の町宝塚に少女歌劇が生まれ『ドンブラコ』が上演されたのが1914年。
公演の増加により少女歌劇団が花組、月組に分割されたのが1921年。
雪組が新設され宝塚大劇場が完成したのが1924年。
そんな時代です。

ジョージの中の人によると「舞台関係の仕事をしてるから、ジョージもできたてほやほやの宝塚を観てみたいと思ってる……んじゃないかと?多分(笑)」。

いやあくまでも半分ネタだと思いますが。
ジョージの中の人テキには、そゆことになってるらしいです(笑)。


そんな平穏な生活を送っているジョージの元に、ある日1本の電話が掛かってくる。
受話器から聞こえてきたのは、裏切られたと思っていた友、ルドルフ・ヴァレンチノの、懐かしい声だった。

そこからまたジョージの生活は一変していくのだが、それはまた別のお話……。
メトロ映画の宣伝課長、ジョージ・ウルマン@みーちゃん。映画界に生き、映画を心から愛する、熱い、だがちょっと天然入った(笑)男。

ジョージが“ルドルフ・ヴァレンチノ”という新しい名前を与え、心血注いでハリウッドに売り出した、貧しいイタリア移民の青年、それがルディー@ゆうひちゃんである。
ヴァレンチノのデビュー作は、空前の大ヒットとなった。やがて仕事を重ねるうちに、ジョージとルディーは仕事を越えた友となっていった。
お互いがお互いを理解し信頼した上で、お互いを必要とする、大切な友。親友。

だが、そう思っていたのはジョージのほうだけだった……のかもしれない。
二人の関係は、ジョージの元に入った一本の電話で、あっさりと断ち切られることになる。
「ルドルフ・ヴァレンチノは、メトロ映画からパラマウント映画へ移籍することになった。お前はクビだ」
失意のジョージは、そのまま暗転して……1幕出番終了(笑)。

この電話を受けたときに傍にいたのが、ジョージの秘書アリス@ありさちゃん。彼女は実はずっとジョージの傍で、彼を助けてくれていた、のだろう。多分。あまり描かれてないけど(え)。

初対面のルディーを「究極の失業者」と呼んだジョージだが、今度は自分が究極の失業者となってしまった。
なのに、そんなジョージに、どうやらアリスはそのまま付いてきてくれたようだ。
2幕、4年ぶりにニューヨークでルディーと再会したジョージは、アリスと結婚したことを告白する。

え。究極の失業者が、結婚してる場合だったの?
だいいち、女性に関して鈍そうなジョージだよ?脚本家のジューン@すみ花ちゃんには2年間も片思いで、男としては歯牙にも掛けられないままだったのに。
いつの間にこんなかわいい子を嫁に!(白目)
どうやって?


「えーと、なんで結婚することになったかって言うと。
わたしがクビになって、デスクを片付けて大荷物でしょぼんと帰ろうとしたら、その荷物をアリスがサっと両手に抱えて『さあっ!さっさと行くわよっ!』みたいに……付いてきてくれたんです」

ジョージの中の人、それ「付いてきてくれた」とは言わない。
「引っ張っていってくれた」じゃない?(笑)
とにかく、トランクひとつで放り出されたジョージの傍にも、ずっといてくれたというアリス。

「多分、アリスのほうが先にジョージのことを好きになってくれたんじゃないかな……。
ジョージは女性に惚れられた経験が無くて、だからもうすっごい嬉しくて、それで結婚しようって思いましたね」

恋愛面ではアリスにリードされている感が否めないジョージだが、男らしくきちんとプロポーズの言葉は言えたのだろうか。

「わたしが言い出せないでいたら、『なに?(ちゃんと言ってよ!)』って聞くと思う、ってアリスの瀬音リサちゃんが言ってました(笑)」

みーちゃんとありさちゃんは、役のことをいろいろ相談したのだそうだ。

「プロポーズは、言わせ……」

えっ。「言わせられた」?
今、絶対そう言いかけたでしょ?酷い(笑)。

「言わせ……あのっ!言うつもりではいたし、指輪も用意してたけど、ハワードさん@パラプリのように上手く言えなかったんですね」

肝心なところで言葉に詰まっちゃうジョージ。そこを攻めていく(笑)アリス。
「それで、『なにっ?で、次はっ?それからなにっ?!』みたいな感じにアリスに次々と聞かれて、やっと『結婚してください』って言えたんだと思う、、、んです……」

口下手で、プロポーズすらきちんと言えないジョージ。それでも、とことん惚れていてくれたらしいアリス。
アリスに聞いてみたい。
「ジョージのどこを、そこまで好きになったんですか?」

残念ながら、口下手なジョージの中の、やはり口下手な人からは、それを聞くことができなかったのだが。
そういった不器用なところも、またジョージの魅力なのかもしれない。

そして、その不器用さの中にある、ジョージの人に対する優しい心を、アリスは誰よりもよく知っていたのだろう。
だって、ジョージがルディーを見守る目の温かさを、いちばん近くでずっと見続けてきたのだから。

うん。惚れると思うのよ、あの目には。


そんなジョージがアリスと行った新婚旅行先は、意外なことにエジプトだそうだ。
これは、行けたどうかはまた別、らしい。ジョージの中の人の、ジョージとしての願望。

「何故かと言えば、占い師のメロソープさん(たまちゃん)に、ちゃんと未来を占って欲しかったから(笑)」
究極の失業者が妻をもらったら、それは真っ先に未来が心配になる。たしかに(笑)。


でも、アリスと一緒にニューヨークに渡って、苦労しながら舞台俳優たちのエージェントの仕事を見つけて、共働きであっても温かい家庭を築いているんだと思う、ジョージは。
それこそ、ルディーが「いつの日にか手に入れよう」と夢描いていたような、心安らげる温かい、しあわせな家庭を。

天然で口下手で不器用なジョージの根底には、誰にも負けない優しさと、そんな夢を成し遂げるだけの意思の強さが流れている。

うん。いい男。だと、思うのよ。


ちなみに2幕のジョージとアリスの間には、ちょっと大きくなった女の子が一人、あとはアリスのお腹の中に二人目の子どもがいるのだそうだ。みーありさ設定、では(微笑)。


『ヴァレンチノ』みーちゃん茶から、もうひとつ。
ジョージとアリスの、プロポーズ物語を。
『ヴァレンチノ』で、ジョージ@みーちゃんの秘書、2幕では妻となるアリス役だったありさちゃん。これが初の大きい役、と前回書きましたが、みーちゃんのほうも舞台上で妻がいる役は初めてでした。新人公演含めても、黎明の吉田茂は妻が出てこないし、パラプリのハワードはプロポーズまでいったけど結婚はしてないもんね。


さて、ここでジョージとアリスです。(え)(時系列無視)
ジョージは舞台上で、結婚指輪をしていました。みーちゃんが結婚指輪を嵌めているところを見たのは、これが初めて。(舞台で)(当たり前)


だが、アリスは結婚指輪をしていなかった。
と言うより、2幕結婚後の登場でのアリスは手袋をしているので指輪が確認できなかった、が正しい。

ジョージは結婚指輪をしている。
アリスは結婚指輪が見えない。

手袋の中は、どうなってるの。
果たして、ジョージはアリスに指輪を贈ったのだろうか。


ジョージの中の人が言った。
「アリスは結婚指輪をする場面がなかったんですね。手袋しちゃうので、出ないから。
だからまあ、いらないかな、と思って。別に舞台で見えるわけじゃないのに」

え?そういうものなの?(笑)

「って言うかわたしも、自分が指輪をするべきかどうか、すごい悩んだんです。
ジョージは結婚指輪を常にしている人なのか?それとも普段は家に置いてる人なのか?って。
どうだろうと思ってジューン(すみ花ちゃん)に聞いてみたら、『いや絶対いつもしてると思いますよ(きっぱり)』って言われて」

え?昔、好きだった女に聞いたのジョージ?いいのか?(笑)

「そうだよね、ジョージは奥さんを大事にする人だからいつも指輪してるよね、っていう話から自分の分は買おうって決めたんですけど、アリスにはあげようか悩みまして……」

いや、これはジョージの中の人がケチだから、というわけではない。

「アリスに、『え、別にそんなのいらない(素)』って言われたらどうしよう…とか思って><
あの、あの、すごい悩んだんですけど。でも、だって、夫婦の役だし。やっぱりプレゼント、しようと思い、まして、えーと。あのー。買い、ました、、、……」

勇んでプレゼントしようとしたのに、女の子のほうから「いらない」言われたら、たしかにかっこ悪すぎる。
しかしなんでそんなにしどろもどろ(笑)。

で、指輪を買ってきたぞ、アリスにいざプレゼント、ってところで……。
え?なんて言ってあげるの、こういうとき?!と固まってしまったみーちゃん。

「今度はナジモヴァ(せーこちゃん)に相談しました(笑)」

ナジモヴァさんの答え。
「やっぱりぃ、結婚しようね☆彡 じゃないのおお?ウフフフ…」

結局、恥ずかしくてそんなことはとても口にできなかったみーちゃん。
指輪を隠し持って、ありさちゃんに突撃してはみたものの……。

「はい。ゆびわ」(棒読み)(そっぽ向き)(ぷん)

(笑)(笑)

「でも、わたしがアリスの指に嵌めてあげました。
そしたら周りにいたりくちゃんとか皆が、ひゅーひゅー!ひゅーひゅー!って(照れ)。
なんかもうすごい恥ずかしくて!!恥ずかしいんですよやっぱりそういうのって!(訴)」

ムキになって訴えるみーちゃん(笑)。


このサプライズに、アリスはとても喜んでくれたそうだ。
無事プロポーズを終えたジョージは、「喜んでもらえたー!」って(自分が)喜んで、ナジモヴァさんにいそいそと報告しに行ったてゆう。かわゆかわゆ。


で、実は後出しなんだけど(え)、初日に手袋を嵌めていたアリスは、2日目から着けなくなった。
つまり、指輪が見えるように変わっていた。

ジョージの愛が、(衣装部さんに)勝ったのである。

……の、かな?(笑)


そう、ジョージの中の人がプロポーズの言葉を相談した、ナジモヴァの中の人せーこちゃん。
彼女は、みーちゃんがはじめて指輪をプレゼントした人である。あ、舞台上の関係でね、オフのことは知らない(当たり前)。
今回も、その過去を踏まえて相談してみたのかどうかは、さだかではないが。

『パラダイスプリンス』の新人公演に、話はさらに戻る。
ハワード@みーちゃんがローズマリー@せーこちゃんにプロポーズして、婚約指輪を贈る……そういう場面があった。

みーちゃんは稽古中に、その指輪を用意した。当然、せーこちゃんにプレゼントするつもりで。
だって、男の子だもんね。(ハワードはおじさんです)

そして箱をパカっと開き、婚約指輪をせーこちゃんに見せた。
「……あのさあ、これ…(照れ)」

せーこちゃんの反応。
「おいくらですかああ?ウフフフ…」

それから、自分の財布を持ってきてパカっと開いた……のだそうだ。

せーこちゃん天然最強。

もちろん支払いはお断り(笑)、いくらだったかも言わなかったそうだが。
だって、せーこちゃんのことだもの。舞台の上でプロポーズした瞬間にこう思われたら嫌だったらしい、ハワードさん的には。

「あ~、○○円の指輪だああ、ウフフフ…」



ヴァレンチノの感想らしい感想を書いてません。
その前に誰鐘の、終わってない(をい)春風弥里お茶会、なのか?も。

誰鐘茶をちまちま書いているうちにヴァレンチノがはじまり、その公演中に震災が起こりました。とてもなにかを書く気にはなれずただ日にちが過ぎていき、やっと千秋楽のことだけ少し書いたけど……舞台語りも、いつか書けたらいいな。
って、ちーとも更新しないのが『強いぞ!』通常営業の体ですけど。ジュンタさんの仕様ですけど。けどけどけど。

震災直後の開催になってしまった、ヴァレンチノDCのみーちゃん茶。
気遣いの中で進められたあのお茶会の様子は、文章ではとてもあらわせません。これからも全部を書くことはしないと思います、無理です。

ちょっとだけ。
ジョージとアリスの(そしてハワードとローズマリーの)、指輪物語を。
ラストのアランチャを歌う大空さんが、ほんとうにいい顔してたんですよ……。
あたたかい、優しい優しい目で、端から組子ひとりひとりを見つめて。

もう、わたしに他の人を見る余裕を与えてくれませんでした。

大空さんの顔と、大空さんと目を合わせては溶けてゆく組子ひとりひとりの顔を、端からずっと見てました。

あれはルディーではなく、宙組トップ大空祐飛の顔だなあ、と。
組子ひとりひとりを愛し慈しむ、天のひとの顔だなあ、と。

それを客席で見ながらともに溶けてゆく、あの感覚……。

カタルシス。

抑圧されていた感情が解き放たれ、魂が浄化されていくような、日常では得難い不思議な、幸せな感覚でした。

エンタテイメントの持つ、意味。
タカラヅカが、タカラジェンヌが、存在する意味。

わたしはそれを最後に全身全霊で信じられました。



舞台から毎回幸せをもらっていました。
だけど、やはりそれはたかがエンタメ、娯楽でしかないということも、一方で痛感していたのは事実です。
わたしは客席にいる。いられる。でも……という感情です。
この幸福は、ここだけのものではないかという、答えなど無い疑問。
タカラヅカが好きだから、宙組が好きだから。
どこかで苦しかったんだと思います。ずっと。


大楽のご挨拶の中で、大空さんが「震災の現実の中で舞台に立っていいのだろうかという葛藤を、正直感じなかった日はない」といった言葉を仰っていました。
「そんなときにお客様に舞台に立つ意味を教えていただいた」、と。
正確な言葉は、スカステが流してくれていると思いますが。

震災後の舞台を全部見ているわけではもちろんありませんが、大空さんは毎回ご挨拶で震災のこと、被災者の皆様のことに触れ、「舞台で元気をお届けしたい」「笑顔になることを恐れないで」と、被災者や客席を励ます前向きな言葉を発信し続けてくれていました。
それが正直、つらく聞こえたときもあったのです。
やるほうもつらい部分があるのではないか。言うのはもっとつらい部分があるのではないか。
それでもタカラジェンヌは、笑顔でそう言うのだと。

わたし自身がその言葉をつらく感じることも……あったのです。

だからわたしは、あくまでもわたしはですが、「葛藤」という類の言葉を最初で最後、大楽に大空さんが出されたことに救われました。

それぞれの立場でいろいろな受けとめかたがあると思います。
エンタメの供給と需要をどう考えるかは、それぞれの立場で全く違うものになってくるはずです。

それでも舞台がある限り、タカラジェンヌはそこに立ち続け、笑顔を発信する。
たとえ葛藤があっても、それを見せずに。
プロである以上それが当たり前、と言われてしまうかもしれません。

わたしはいつもどこかで葛藤していたのかもしれません。現実から目を背けているのかもしれない、「ここにいる自分」に。
大空さんの言葉に、救われました。


舞台でもらったカタルシスを、そこでもらったものだけを信じていいんだと思う一方で、ご挨拶で救われる自分の感情が矛盾していることは分かっているんですけどね。



舞台の力を、わたしは信じます。
東北地方太平洋沖地震にて被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
犠牲となられました皆様とご遺族の皆様に深くお悔やみ申し上げます。




私はそのとき関東にいました。
激しい揺れ、そして交通機関の麻痺による多少の困難はありました。
その後、日々あきらかになっていくこの震災の被害の大きさ、また私事ですが東北の友人知人たちの被災、関東でも続く余震の恐怖や停電のストレス。私に降りかかるそんなものは小さなことでしかないけれど……でも、いろいろなものに怯え、心が折れかけていました。

その中で私は、ほぼ当初の予定通りに『ヴァレンチノ』ドラマシティ公演の遠征を決行しました。震災前の初日と、震災後の中日、千秋楽にかけて。
この非常時になにを呑気な、と怒りを感じられるかたがたくさんいらっしゃるであろうことは承知しています。現実に被災されている皆様が、それどころではない苦しい状況であろうことも理解しているつもりです。当然、震災後の遠征を断念した友人も多数いました。自分自身も今行くべきときなのかと、そのことを自問自答しながらの重い遠征でもありました。

それでも、私の折れかけた心にはタカラヅカが必要だったのです。

私の、です。

非常時に、真っ先に切り捨てられてしかるべき娯楽、なんです。たかが「タカラヅカ」ですから。
この娯楽が被災者の皆様を直接的な意味で救えるとは、私も到底思いません。

『ヴァレンチノ』の東京公演は中止になりました。雪組東宝公演は一部中止になり、また花組東宝公演も日程短縮されています。
それが当然でしょう。


それでも、私の心を救ってくれたのはタカラヅカだった。
生徒さんたち自身も、「舞台に立つ意味」を自問自答しながらの、苦しい公演だったのではないかと思います。
舞台をやると決められた以上、彼女たちは心にどんな葛藤を抱えていようが、笑顔でそこに立つ。

その姿に、私の凍っていた心が融かされた。ガチガチだった感情が、震災以来はじめて真っすぐに解き放たれた。

たかが娯楽、たかがタカラヅカでしかないものが持つ力の大きさを、あらためて感じさせられました。
少なくとも、私の心は救われたのです。

あの場に行けた、今の状況で恵まれた人間が言う戯言でしかありませんが。
それでも。


タカラヅカに、宙組に、感謝しています。
えーと、今せこせこ書いたバウ初日感想、全部飛ばしましたっ!(ヤケクソな笑顔)

久しぶりにやっちまったッス。
この1時間は何だったんでしょう(さめざめと泣く)。
ああああああああああああああああああ。



しゃあないので客席情報のみ。
初日、全ツ銀ちゃんチームご一行様。
センター下手寄り、すっしーさん、ゆうひちゃん。一列後ろ、ともちん、みっちゃん、ちやちゃん、みーちゃん。後方席、カイちゃん、すみ花ちゃん、他おそらく全ツチーム全員。
上手ブロック花組あーさー、るなしー。
皆、カテコのスタンディングまで残ってノリまくってくれてました。

すっしー、ゆうひちゃん!大ちゃんの女装にウケすぎですからっ!(笑)
ともちん、カテコで立つとやはり頭ひとつデカいって!(だからってどうしろと?)
みーちゃん、恥ずかしいぐらいはしゃぎすぎですっ!いや同期大活躍だもんねー、そりゃあはしゃぐわ(笑)。


2日目、壮さんご観劇。
壮さんは「蘭寿さんが赤面全開で釣る席」の通路挟んだ席、に座られておりました。
で、最初は定番通り壮さんと通路挟んだ人をやたら激しく釣ってた蘭寿さん。それを見てゲラゲラ大ウケの壮さん。
と、最後にカっキーーーン!
壮さんに特大セクシィビームを送る蘭寿さん。壮さん身体のけ反らせてきゃあああん!やったー!みたいな(笑)。
同期愛ばんざい!いいもん見せていただきましたー!

が、しかし。
翌々日はみわさんがご観劇で、同じく「蘭寿さんが赤面全開で釣る席」の通路挟んだ席に座られていたそうなんです。
その回は蘭寿さんが、その通路挟んだ席のみわさんを 直 に 全力で釣っていたという某Sさんからの情報があっ。
いいなあ、そっちも見たかったわん(欲張り)。 
うわあああ、蘭とむちゃんコンサートですよ!!藤井くんですよ!!

http://kageki.hankyu.co.jp/news/detail/dbce0307110d89f9abba084d0c5286a0.html

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2010/05/28
2010年宝塚歌劇公演ラインアップについて

5月28日(金)、2010年宝塚歌劇公演ラインアップにつきまして、宝塚バウホール・東京特別公演[9月・宙組]の上演作品が決定しましたのでお知らせいたします。

宙組
■主演…(宙組)蘭寿 とむ

◆宝塚バウホール:2010年9月2日(木)~9月10日(金)
一般前売:2010年8月7日(土)
座席料金:全席6,000円
◆東京特別(人見記念講堂):2010年9月15日(水)~9月17日(金)
一般前売:2010年8月8日(日)
座席料金:S席7,500円、A席5,000円

蘭寿とむコンサート
『“R”ising!!』
構成・演出/藤井大介

「上がる、上昇する、高まる」を表わす“Rising”に蘭寿とむの“R”を込めて、
ホットでダイナミック、繊細でクールなダンスが魅力の蘭寿の、過去、現在、そしてこれまで見せたことのない魅力を詰め込んだ、ライブ感溢れる、熱いコンサート。
シャルル@カチャとリーズ@アリスちゃんの、レビュー共演が実現する。
雨の日の朝、雨宿りの屋根の下で恋をした、青年のシャルルと、ジジだった少女のリーズ。
あの頃と同じ目の色をしたシャルル。それを見つめるリーズに、ジジの心が甦る。

見つめ合う2人の間に、昔の時間が戻り、そして愛が流れる。


これを劇場の客席から、じっとりと見つめる男がいる。
ゲオルグ@みーちゃん。またの名を、ストーカー(え?)


シャルルが帰ってきたことで、自分とリーズの関係が崩れつつあるのを察知していたゲオルグは、ここではっきりと悟るわけです。

シャルルとリーズが、愛し合っていることを。
リーズの心は、自分には無いことを。

最初から、リーズが自分をほんとうに愛したことなど、一度たりとも無かったのかもしれない。
それでも、その関係性は、シャルルが帰ってくるまで表面上は均衡を保っていた、んだと思います。脚本には、なにも描かれてないけど。

そのリーズが、別の男の腕の中で、自分には見せたこともないようなしあわせそうな顔をしている現実。


舞台上の2人を睨みつけながら、ゲオルグは怒りに震える。


前に書いたんですが。

>それでも最初の頃は、わなわなと拳を震せたりね。それこそ唇ぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっ噛み締めたりね。
>「心の中の嫉妬の炎を、表面では抑えた演技」の方法として、それはそれで巧い人なので、悪いとは思わなかった。

>だけどね。最後の数日は、唇を噛まなくなったんです。
>くっ、と。僅かに、唇の端を歪めるだけの。

>そうなってからの顔が……とてつもなく恐かった。


黙って、くっ、と僅かに唇の端を歪めたまま、シャルルとリーズを見つめているんですよ。

2人の愛に激しく嫉妬し、悲嘆にくれ、そしてその感情はあっという間に憤怒へと燃え上がる。

黙って立っているだけなのに、その流れがはっきりと見えるんですよ。


彼の病みは、もう狂気の域まで達してきているんですよ。


最後に、ちぎれるほど唇を噛み締め、射るような目で天を睨みつけ、ゲオルグはその場を立ち去るのです。


レビューの劇場客席、というのは現実問題バウの客席でして、ゲオルグは下手扉から出て最端通路を通って、4列あたりまで進みます。
舞台上のかたたちには申し訳ないのですが、このキ●ガイが出てくると、彼の狂気に中てられてそっちに目を取られてしまいましたね、私は。
だってもう悪酔いしちゃうぐらい異様な(笑)オーラ出してるんだもん。


この間のゲオルグは、まばたきしないの(笑)。絶対にしないの。
くわっと、目を見開いてるの。


これは、中の人テキには無意識なんだとか。あたし言われてみればそうなんだ?ぐらいの感じらしい。(不自由な日本語でも、多少は意味が取れます)(全編「……えーと?」のお茶会は、いくらなんでも嫌です)


だって、中の人にゲオルグっていう狂気が取り憑いてるからねえ。

無意識かあ。なるほどな、と思いましたです、はい。
2幕は華やかなレビュー、リーズ@アリスちゃんの舞台からはじまる。
楽屋に戻ったリーズの元に、ミスタンゲット@美穂さんが尋ねてくる。
ミスタンゲットは、忠告に来たのだ。このままではお前が駄目になる、あの男の元へ行くのは止めろ、と。

あの男。
ナチス親衛隊少佐、ゲオルグ・シュタイネル@みーちゃんである。

だが、リーズはこの忠告を聞き入れない。
今のパリで彼女が生きていくには、ナチスの庇護が必要なのだ。

場面はこのままゲオルグの部屋に繋がる。ラジオからは、シャルル@カチャの歌が流れている。
「シャルル・トレネか。くだらない歌だ、私は好きになれないね」
その言葉を聞いて、リーズの顔色が変わる。
ミスタンゲットの言葉を拒否したリーズだが、シャルルにふたたび会ったことで、本心は揺れ動いているのだ。

ゲオルグとリーズ。
シャルルによって、2人の関係が崩れはじめてゆく。

「珍しいわね、ナチス親衛隊少佐が、踊り子風情に迎えを寄こすなんて」、挑むようにゲオルグに言うリーズ。
シャルルが帰ってくる前から、リーズはゲオルグにほんとうの心など見せたことはなかったのかもしれない。
そしてシャルルが帰ってきたことで、今度こそリーズは、その心をぴったりと閉じてしまった。

「周知の事実だ……」

ゲオルグの目は、暗い怒りに支配されている。抑えた口調の奥に、ドロドロとした嫉妬が渦巻いている。


この顔が、目が、ほんと恐かったんですよ、もう。

愛情が行き過ぎて、既に執着になってる。


「君をベルリンに連れていく」とか言い出すし。
ナチスの宣伝映画がどうとか言ってたけど、そんなのどーでもいいんだよね。
リーズをシャルルの傍から引き離して、自分の横にずっとずっと置いておきたいだけだよね。

逆ストーカー、つか拉致?

うわっ、この男、病んできたぞ、と。

愛情とは相手の気持ちを思いはかることであって、相手に執着することではない。しかし、今のゲオルグは、もうそれを理解することができなくなりつつある。


「君が舞台に立てるのは、誰のおかげだと思っているんだっ」

ベルリンには行かないと断固として言うリーズを、憎悪に燃える目で睨みつけ、言い放つゲオルグ。

遂に言ってしまった、この一言。
2人の関係は、興行界で生きていくゆえにリーズが選択したもので、そこに愛情はなかった。
ゲオルグだって、はじめはナチス親衛隊少佐として、パリの女王を自分のものにしたいだけだったのかもしれない。
お互い、それで納得していたはずだったのに。

ゲオルグは、本気で愛してしまった。

ゲオルグだけが、本気で愛してしまった。

相手の愛情を得られないとなると、最初の契約を持ち出す。権力を振りかざす。

その目に宿る蒼暗い炎、憎悪は、行き過ぎた愛情から生まれた感情なのだ。


すげー恐い……。


真っ当な人間が病んでいくさまって……ほんと恐いんですよ。
人間、狂いきってしまえれば、それも楽なのかもしれないけれど。

みーちゃんのゲオルグは、真っ直ぐなの。その真っ直ぐな心が、真っ直ぐなまま、真っ直ぐな方向に、どんどん病んでゆくわけ。

理性と狂気の狭間を揺れ動く男の、病み。病んでいく過程。



それは、どれだけ苦しいものだったんだろう。
ゲオルグ@みーちゃんの登場は、開演59分後です。

1幕はあまり出番が無いらしい、という噂は聞こえてきた。現にプログラムを見てみても、1幕は最後の場にしか名前はない。

にしても、まさかここまで出てこないとは思ってなかったわ(笑)。

1幕は60分。さすがに55分ぐらい経ったとき、どーなってんのかと(笑)。

舞台は、明るいミュージカルとして進行していく。
撮影所で、酒場で、シャルル・エ・ジョニーのデビューで、皆が歌い踊りながら、どんどん場面が流れていく。兵役中でも、シャルル@カチャの歌で、そこは明るい場所になる。
この辺の演出、好きだったなあ。すべてが断片しか描かれてないけど(クドい)、ときの流れがきちんと見える。そしてそこにはいつもシャルルの歌があり、皆がしあわせになる。
役らしい役が殆どなくてバウなのに下級生は可哀相な部分があったけど、あれだけミュージカルナンバーがあって、そこで生き生きと動き回る組子のさまを見られるのは、組ファンとしてはすごーく楽しかった。

兵役にいっていたシャルルが、パリの街に帰ってくる。これが1幕の山場。
街にシャルルの歌が、帰ってくる。人々の期待、興奮。そして、シャルルがあらわれて。

Je Chante 僕は歌うよ

シャルルは歌う。人々の期待に応えて。
彼の歌が、彼こそが、パリの夢だ。

つか、1幕終わっちゃいますけど?みたいな(笑)。

そこへ、パリの女王と謳われるレビュー女優リーズが、楽屋から出てくる。今度、シャルルと共演させようと、プロデューサーのラウル@すっしーさんが企画している、その人だ。
彼女の顔を見て、シャルルは驚く。

リーズ。それはシャルルが若き日の撮影所時代に恋をした少女、ジジ@アリスちゃんだった。

思わず駆け寄ろうとするシャルル、そのときリーズの横に、ひとりの男が現れる。

「待たせたな」

みーちゃん、なんのネタ?(素)
はい、待ちましたのことよ。

じゃなくて。

登場したゲオルグの、説明はされない。
ただ、スーツに着けられた鍵十字の腕章から、そしてリーズに差し出す腕から、彼がナチスの党員で、リーズを囲っているのだろうということが予想される。

じゃなくて。

大事なのは、この場で、この一瞬で出す、みーちゃんの存在感のほう。
ベタな言い方をすれば、芝居の空気がガラっと変わるんですね。ゲオルグの登場で。

この男は、ただものではない。
そしてジジには、なにかが起こった。

パリはナチスの侵攻が進み、不穏な空気が流れている。
深刻な現実が、今のパリを支配している。

夢物語では済まされない、なにかが起こっている。

今、パリで。

ゲオルグの登場で、それらがすべてあらわになる。ただ、この一瞬で。

物語テキにも「待たせたな」、話はこれからだぜ(にやり)、なんですよ。


「知り合いか」
そう問うゲオルグに、リーズは首を横に振る。
「いいえ」

立ち去る2人、残されるシャルル。

「ジジ……!」

そう、ほんとうの物語はここからはじまるのだ。


芝居の技術は、ある人だと思う。みーちゃんは。
でも、存在感って、これはもう技術だけではどうにもならない部分がある。

ここまで空気を変えられる力を持っている人だったんだと、それに感服させられました。



でもまぢ二言数秒の出番とは思わんかった(笑)。

それがまた効いてるんですけどね。
シャルル@カチャは、まんま宛て書きだろう。
というか、あの役はカチャ以外の人が演ったら、まるで別物になるはずだ。
シャルルは年を取らない。不穏な時代の中で、現実とはかけ離れたファンタジーを、1人生きている。
そんな時代にシャルルの歌があることが、どれだけ人々の希望だったんだろう。
皆の夢の象徴がシャルルであり、その歌だった。

カチャは、ファンタジーを体現できる人だから。つか、カチャがファンタジーだから(笑)。
彼の存在が、そのまま皆の夢となる。
カチャの資質が見事に生かされたシャルル像だったと思う。

ナウオンだったかな。録画しておいたのを公演終わってから見たのだが、その中でカチャが「1幕と2幕でかなり歳月が経っているので、それを出したい」というようなことを言っていて、ごめん噴いた(すみませんすみません)。10年ぐらい違うんだっけ?
あのね、ちーとも変わってませんからシャルル(笑)。
声を落ち着かせるとか、そういう部分はあったかもしれない。
だけど、歳は取っていない。身に纏う空気が、全然変わらない。

そして、それがカチャ最大の武器なのだ。

歳を取らない、大人にならないピーターパン。リアルに年齢を出す芝居ができることが、すなわち「タカラヅカ」にとって必要なのかというと、そうではないわけで。
そういう人も必要だけど、そうじゃない人も必要というか重要なのがタカラヅカ。

そんなシャルルが大人になるとき。それが、ジジ@アリスちゃんの最期。愛する人が逝こうとするそのとき。
カチャが意識してそれを演っていたのかは、分からない。いやそもそも2幕で年齢を出しているつもりなんだから、ここで敢えて年齢を上げてきているわけでは絶対ないはずだが。

ジジ「地中海の海の色は、貴方の目と同じ色をしているんでしょうね……」
シャルル「そうだよ……」

ジジはリーズになるときに、少女であることを捨てた。
そして、シャルルの腕の中で、最後に少女に戻った。
そんな彼女を見つめて言う「そうだよ」は、限りない優しさに満ちていて。

大人、だった。

愛する人の死を目の前にして、ピーターパンは少年であることに、別れを告げた。

この山場で、ぐっと男役としての包容力を出せるところも、カチャの持つ資質なんだろう。
それで、甘いのーー(うっとり)。死をというものでお互いが分け隔てられる瞬間のシャルルの目が、言葉が、甘いの。
大人なんだけど、それでもやはり彼はファンタジーなのだ。

ジジという役も、アリスちゃんならではのものだったと思う。
ただ、このヒロインは言ってることもやってることもかなりめちゃくちゃで、難しい役ではある。酷いんだもん(笑)。
でも、アリスちゃんの持つ説得力で、納得させられてしまう。

シャルルに恋をしたときの少女の眼差しのかわいらしさと、リーズになってからの大人の女性の貫禄、女優としての存在感の差異は、今のアリスちゃんだからこそ出せるのだと思う。

ゲオルグ@みーちゃんは嵌り役だったが、宛て書きと言ってもいいのかどうか。こういう物語にありがちな、類型的な役だから。
たしかに、みーちゃんって元々こういう系統の役が得意そうな役者ではある。敵役タイプだもん。かわいい少年より(無理っ)、明るい青年より、こっちでしょ。シャルルとか演るのは羞恥プレイだろうけど(笑)。

でも、そこにみーちゃんならではの色が出たからこそ、この役が魅力的になったんだと思う。

みーちゃんのゲオルグからいちばん感じたのは、正常な人間が狂気に取り憑かれることの恐ろしさだ。

最初からイっちゃってる系の芝居をする人っている。別に普通の役でも、常にイっちゃってる場合もある(笑)。
みーちゃんは真っ当なの。しごく真っ当。
時代背景でナチスは悪になってしまっているけど、別にゲオルグは悪役ではない。任務に忠実な、自分にも時代にも正義なわけで。
みーちゃんも「悪」には演じていない。ひたすら真っ直ぐに、感情を動かしている。

ただ、こんな時代だから、こんな立場だから。それを真っ直ぐに出せず抑えているだけで。抑えているのに、ゲオルグの真っ直ぐな感情は、真っ直ぐにこちらに響いてくる。
その真っ直ぐさが、みーちゃんの持つ資質なのだろう。

前に「陰陽なら陰」と書いたことがあるのだが、陰っていってもクールって意味合いとはちょっと違うんだよね。あったかいもの、みーちゃんの芝居は。
(じゃあなぜ陰って、をいそれは地味って話なのか?笑)
元々そういう芝居をする人だから、抑えても温度がある。内面の温度を感じさせながらも表面では抑えられるのは、それこそみーちゃんの技術なんだろうけど。

正常な人間が、たった1人の女によって、狂わされてゆく。
そして、時代の狂気に飲み込まれてゆく。

みーちゃんという人が真っ直ぐだから、ゲオルグという人は哀しい。
その真っ直ぐさが狂わされてゆくさまが、とてつもなく哀しい。

類型的な役、と言ったが、この役をこの色に創れることは、みーちゃんの大きな武器だろう。

もちろん、ナチスの軍服を着こなせる身長とスタイル、男役としての柄も、大きな資質だ。最初から爺ィ、もとい大人の男に見える外見の資質は、男役として強い。


ただ、ほんとシャルル演ったら羞恥プレイだと思うんだけどね(クドい)。
リーズの身体が崩れ落ちてゆくのを目にしたとき、ゲオルグはいったい何を考えたのだろう。
あまりにも、あまりにも苦しみに満ちた結末。

なによりも大切な愛する女性を、手に掛けてしまったゲオルグ。

このとき、ゲオルグもまた、死んだ。彼にとって、生きている意味など既にもうない。

やがて、地下室の扉が叩かれる。部下たちが部屋の前まで来たのだ。
「少佐殿!ここにいらっしゃいますか!」

ゲオルグにできることは、まだ残されていた。
この場所に、部下たちを踏み込ませてはならない。

ガタガタと震えの止まらないままの手で、やっとの思いで拳銃をホルスターに戻したゲオルグは、正気を振り絞って部下たちに毅然と命令を下す。

「ここには誰もいない、リーズは裏口から通りへ逃げた。急いで後を追えっ!」

愛する女性の、最期の望み。
それは、愛する男の腕に抱かれて眠ること。
今のゲオルグが彼女のためにしてあげられるのは、そのための嘘を付くことしかない。
そしてそれは、リーズを手に掛けてしまった自分にとっても、最期の望みであったのかもしれない。

シャルルの腕の中に抱かれるリーズを見ることさえしようとはせず、ゲオルグは幽鬼のようにふらふらとした足取りで、地下室を離れる。
力なく落とされたその背中から、彼の魂ももう死んだのだということを、痛切に思い知らされる。


だけどね。
どんな思いでこの命令を口にしたんだろうね。ほんとどんな思いだったんだろうね、ゲオルグは。
苦しかっただろうね。ほんとうに、ほんとうに、苦しかっただろうね。

この言葉を聞くと、毎回アホの子みたいにだあだあ泣いてた。

自分のしてしまった取り返しのつかないこと。後悔してもしきれない、その行為への懺悔。
憎んだ男、シャルル。それでも、愛するリーズを思えばこそ、彼女をシャルルに託すことしか、自分にできる道はない。

でも、苦しかっただろうね。ほんとうに、ほんとうに、苦しかっただろうね。

脚本って言い方をすれば、この台詞があるから、ゲオルグは「かっこいい役」として成立するわけです。まあ、お約束なパターンではありますが(小声)。

だけど、ゲオルグとしてはね。それまでの彼のリーズに対する「執着」を考えると、この言葉を出すのが一番つらかったんじゃないかと思うんですよ。シャルルに託すという道が。
リーズとシャルルを見つめる目に宿る嫉妬、リーズがユダヤ人だと聞かされたときに爆発する怒り。
ゲオルグの内面には、そのときどきの感情が渦巻いている。
でも、抑制というもので覆われていても、その激しい感情は、ストレートだから。
真っ直ぐに狂気の方向に走ってしまった、哀しい男なんです。

リーズの身体が崩れ落ちていくそのときに、やっと彼は正気を取り戻すことができたんですよね。そして、真面目な彼が、その現実をどんな思いで受け止めたのか。受け止めざるをえなかったのか。
現実を投げないで受け止めたからこそ、「リーズはここにはいない」と言うに至ったはずなんだけど。
それが、彼に取ってどれだけ苦しいことだったか。
どんな思いで、部下に命令を下したのか。

その自分の役目を終えたとき、彼の中には真に絶望しか残されていなくて。

地下室を離れるゲオルグの背中が、ほんとうに哀しくて。
震えるゲオルグの肩が、ほんとうに哀しくて。

私はただもう、アホの子みたいにだあだあ泣くしかできなかった。


こんな時代じゃなかったら。あなたの上には、もっとたくさんのしあわせがあったはずだ。

エリートとして仕事をして、普通にしあわせな恋をして。

真っ直ぐな男だからこそ、真っ直ぐにその時代を生き、真っ直ぐに自分の立場を貫き、真っ直ぐにひとりの女性を愛し、そして時代の狂気に飲み込まれ、また自分も狂気に取り憑かれた。

みーちゃんのゲオルグは、せつない。真っ直ぐすぎて、せつない。
時代さえ違えば。立場さえ違えば。こんなことにはならなかったはずだ。哀しくて、やりきれない。


ゲオルグは、生きてはいられなかっただろう。

カジノ・ド・パリの地下室を出て、それからおそらく、いや間違いなく、自らの命を絶った。
リーズを手に掛けた、その拳銃で。

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